留学生Kenkenのモンゴル通信

モンゴル困窮児童の生活・進学を支援するバイラルラ会現地派遣員で留学生のkenkenがモンゴルの今を熱くリポートします!
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モンゴル通信第50信 号外

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    聞き耳を立てる日本でも放送されていると思いますが、首都混乱です。日本人1名が負傷し、送還されたらしい。興味のある方は以下のレポートをどうぞ。

    1、やはり予想どうり大混乱になりました。1日夕刻、不正選挙に怒った群集は人民革命党ビルの前に押し寄せ、2−3万人ぐらい(わがアパートからさして遠くないところですが、小生はテレビで見ていた、横の通りを大勢の人が叫びながら現場に向かった)の人で埋め尽くされました。その一部は暴徒化、投石の雨で警官隊を釘付けにし、そのビルのドアや窓のガラスを割るのに成功。警官隊が打って出ますが群衆の波に囲まれてしまうので逃げ出すのがやっとの事。ビルに逃げ込んだ警官隊に対して群集が新聞紙、書類などとともにウオッカ、ガソリンなどのビンを投げ込んで火をつけたのでビルは炎上、中の人々は裏口から溝を飛び越えて脱出、最終的にビルの内部は最上階(5階)まで燃え尽きました。警官隊は催涙ガスやゴム弾の射撃で応戦。何人かが負傷。

    2、エンフバイヤー大統領はテレビで選挙違反があったら裁く、しかしこの暴動は仕組まれたものだと放送。10時ごろから大統領を挟んでテーブルの両側に野党、与党代表が対峙して討論を開始(これを生中継するところがモンゴルの凄いところ)。大統領「何とか打開策は無いのか?」、野党民主党党首「今現場から帰ったばかりだ。選挙違反の事実はいくらでも挙げられる。法が正しく行われていることを民衆に見せろ。状況は変化している、再選挙をせよ。民衆に向かって射撃するな、子供が怪我をしたぞ」。与党人民革命党(首相)「今燃えるビルから脱出してきたところだ。これは他の政党が裏で動いているんだ。法の下での選挙結果を受け入れたらどうだ」。民主「他の党が仕組むわけが無い」。人革「ビルを破壊しておいて再選挙とは何事だ」。野党「我々がバックにいるというのか、選挙管理委員会を作れ」。与党「大統領が決めるべきだ」。人革「我々は他の党が仕組んだ証拠のテープを持っている」。以上は通訳された内容で、多分こんなものでしょう。ここで会議はストップ。そうして23時55分大統領は戒厳令を発令。銀行の支店(バンキングはやっていない)、政府のカルチャーセンターが焼き討ち、強奪にあったとの理由らしいが、仕組まれた暴動説を支持している。

    3、戒厳令の内容は不法デモは強制排除する、夜間22時から翌朝8時までの市中心部立ち入り禁止、違反者は拘束、中心部への 車の進入禁止、国営放送のみを残し他のテレビ放送を禁止、危険物・化学物質の管理強化とアルコールの販売禁止、政府主要機関とライフラインの警備強化などです。

    4、 2日朝起きてみたらやけに静か。わがアパートは国会議事堂と道一つ隔てた反対側にあるので厳重な警備下に入っていた。装甲車を道に配置、兵隊が2名一組でカービン銃を持って巡回中。人通りは少なく、無論車はゼロ。人々は引きつった顔でそそくさと歩く。軍曹は折を見て現場に行ってみましたが、そこには既に大勢の市民が群がって、ここでは警備は何処吹く風。みな携帯で写真撮影に熱中。3日昼になり交通規制は緩められ車も多くなりました。一方国営テレビはここぞとばかりにネガティブキャンペーンを放送中。貴重な楽器や楽譜、衣装コレクションを失った政府機関の人々の叫び(これは本当に理解できる、軍曹は芸術愛好者です)や、都合のいいところだけを取り出した民衆の声を放送。略奪はけしからんけれどカルチャーセンターにそんなに貴重品があるのなら警察はなぜ死力を振り絞って守らなかったのか、せっかく来た消防車はなぜ帰ってしまったのか、外人の目には疑問が残りました。それに政治的に仕組まれた暴動ならなかなか国家文物まで手を出さないのが常識、これは日本人の考えか。 以上です、新聞は出ているらしいがあまり読めないのでこれ以上は分かりません。しかし、旧社会主義国の戒厳令のすばやい発令と実行には驚きました。ジャパンセンターが閉鎖されていたのでレポートが遅れました。 以上
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